アグネス・チャンさん

人はすでに誰かのためになっている

  

 アグネス・チャンさん

歌手・エッセイスト・教育学博士

今もなお可憐な美しさを保つアグネス・チャンさん。以前から子育てに対するお話などを是非お伺いしたいと願い、2年越しのアプローチの末、やっと今回の取材に至りました。
今日も遊和の取材の前にテレビやラジオの取材が3本、その後も取材があるとのことでした。
東京都広尾にある事務所内でインタビューを行いました。疲れた表情も見せずにこやかにインタビューに応じてくださいました。

大好きな父の教えに従って

最初のデビューは香港でしたが、父にとても反対されました。日本でも歌手として売れてくると、心配した父から「このまま芸能界にいると自分の価値が分からなくなる!誰も君を知らないカナダへ留学して、頭を冷やして来なさい!」と言われました。 それに対して、母からは「これからが稼ぎ時でしょ」と言われ、それも一理あるなと思いました(笑)

悩んでいると、さらに父から「お金や名声は流れもの、知識は身につけたら一生あなたの宝となり、それは誰もあなたから奪うことはできません。勉強できる時はありがたく勉強しておきなさい」と言われたのです。それでカナダへ行くことにしました。

残念ながら父は56歳で、私がカナダに居る間に亡くなりました。今でも思い出す言葉は、父が口癖のように言っていた「迷ったら一番険しい道を選びなさい」「人からひどいことをされたら、その人の幸せを祈りなさい」です。

私の心の中では、父はまだ生きています。

子持ちで博士号取得

アグネス・チャンさん

子供を預けられず、子連れで職場へ行ったんです。それがきっかけで、その是非を問う大論争が日本で起きました。一家庭の問題なのに賛否両論が飛びかって、結構、精神的にこたえました。そんな時に、アメリカのスタンフォード大学の教授から声をかけていただき大学院の博士課程に入りました。

二人目を妊娠している状態で長男を連れて行き、夫は日本に居残りでした。アメリカの大学院は若者だけでなく、いろんな人が勉強していました。おばあちゃんや私と同じく大きなお腹を抱えていた人もいて、いい体験でした。それと、男女学や女性史を学んで、目からウロコがいっぱい落ちました。当初、夫に約束した2年半で卒業し、日本に帰ってきてから論文を書いて94年に博士号を取りました。大変でしたが本当に嬉しかったです。

大学では、児童心理学も学びました。3人の子供に恵まれ子育てできたのは本当に嬉しいこと。ワクワクして育てることができて、楽しかったです。今では末っ子が13才になり子育ても卒業間近なので少し寂しい感じもしています。

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