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鎌田 實さん
医師・作家
震災後、今回どの方にお話を伺おうかと遊和編集室で話し合ったときに、「鎌田先生」の名前が1番に挙がりました。鎌田先生は仕事の合間をぬっては被災地を訪問し、支援活動をされてお忙しいので、お時間をいただけるか心配でしたが快く取材に応じてくださいました。
取材日の午前中はラジオの収録、夕方は日本テレビ系列「news every.」(ニュースエブリィ)にご出演と、めまぐるしいスケジュールでしたが、にこやかにお話される姿が印象的でした。鎌田先生のお話から、遊和読者のみなさまに温かさが伝わりますように…。
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つぶれかけた田舎の病院
36年前に医学部を卒業して就職したのは、諏訪中央病院という信州の田舎にある病院でした。累積赤字4億円、患者もほとんど来なくてつぶれそうな病院だったので、同級生からは「ばかだなぁ」と言われました。
しかし、僕は自分が偉くなることより、必要とされることが何より嬉しかった。
僕たちは病院の改革に燃え、健康づくりを啓蒙し、なるべく注射をしない、できるだけ薬を出さない医療を徹底しました。しかし、「注射をすると農業の疲れがとれる」と期待してくる人が大勢いましたので、患者はますます来なくなり、赤字は膨らみました。
医師たちが健康づくり
長野県といえば、今でこそ「健康長寿」のイメージですが、当時は脳卒中が日本で2番目に多く、中でも僕たちの病院のある茅野市は県内で一番脳卒中の死亡率が高かった。ですから、脳卒中を減らすために、地域へ出て健康づくり運動をしたんです。
ボランティアで公民館を借りて講演会を開く。薬より規則正しい生活をしよう、塩分を減らして、食物繊維が豊富で色のついた野菜を食べようなどの指導をしました。
しかし、今のように医者が予防のために活動することは評価されない時代でしたので、友人からは「健康づくり運動なんかやって何になるのか」と言われました。
でも、熱心に指導する僕たちの姿を見て、地元の保健師さんたちは「今度来た先生たちは違う」と気付き始めたのです。
地域の人と取り組む
地域の人たちと一緒に「ほろ酔い勉強会」という健康学習会を始めて、もうすぐ200回を迎えます。勉強会をやってきたから、地域に仲間みたいな人たちができました。
その結果、脳卒中の死亡率が激減しました。不健康で早死の地域だったのが、脳卒中が減って長寿地域になっていくんですね。さらに、長寿になると老人が多くなるので、当然医療費が多くなるはずなのに、日本でも有数の医療費が低い地域になっていきました。
だから、健康づくり運動というのは本気で住民の心を揺さぶって、住民と一緒になってできれば、健康な地域がつくれるという結果が見えたんです。
「諏訪中央病院というすごい病院がある」ということでマスコミに取り上げられたことが、大きな変化を遂げるスタートとなりました。最期まで患者さんを見放さないで、その人らしく生きることが出来るようにと、日本で初めてデイケアを始めました。
今では救急・高度医療を取り入れながらも、地域の人たちの最期の時まで命に寄り添って歩む、温かな医療がしたいと思っています。














